快晴満月無風

メモ・自由研究

快適歩行5:左右対称に笑う

 人間の顔、そして顔の動きによって作られる表情。どちらも基本的には左右対称である。そのため相手から左右非対称な表情を向けられると、そこには意図的なものが含まれていると人は感じてしまう。そんな話を解剖学の講義で聴いた。

 

 左右非対称な表情というと、代表例はウィンクだろう。確かに片目だけを閉じる仕草は「何かの意図」があることを伝える。

 片方の唇だけ持ち上げる笑顔も、何か皮肉が込められていたり、真面目に取り合っていなかったり、といった印象を与える。あるいはそういう印象を与えたくて、わざとそういう笑い方をするわけだ。得心のいく話である。

 

 左右非対称な表情といえば、内科を教わった美人のA先生を思い出す。

 A先生は以前に軽い脳梗塞を起こしたことがあるそうで、その時のことを話してくれた。頭痛や目眩といった分かりやすい予兆は全く無かったが、休憩中に牛乳を飲んだら左の唇の端から少し垂れた。気を付けて飲み直してみても、やはり零れる。「これは顔面神経に麻痺が起こっている」とすぐに気付いて、自分を入院させたそうである。

 幸いなことにそれ以上の症状は現れず、症状が悪化しないよう数日間経過を見ると、A先生はすぐ仕事に復帰した。顔面神経の麻痺もほんの僅かに残っただけで、飲み物が垂れたりするようなことは全く無くなったが、疲れているとA先生の左の口角は少しだけ下がっている時がある。

 それは本当に少しだから、A先生が顔面神経麻痺の話をしてくれなかったり、講義中にA先生の顔をじっくり見る機会が無かったりしたら、絶対に気付かないだろう。

 

 ほんの少し下がった口角とそこから零れる牛乳を想像する。