アテトーシスathetosisという語はギリシャ語由来で、
a(否定の接頭辞)- thetós(置く)- osis(病態や状態を意味する接尾辞)
という構成からなる。直訳的に解釈すると「置いておくことができない状態」である。
これは全くその通りで、アテトーシスというのは患者本人の意志と無関係に手足(特に手指)がゆっくりくねるような運動を起こす症状である。アテトーシスが出ていると、患者は静かに手足を置いておくことが難しい。
アテトーシスは基本的にそのままアテトーシスと表記されているが、Google検索すると「無定位運動症」という訳語が出てきた。なるほど、初めて見た訳語だけれど、なかなか収まりが良くてクールである。
無定位運動症を英語で・英訳 - 英和辞典・和英辞典 Weblio辞書
ただアテトーゼ以外にも患者の意志に反して身体が動いてしまう症状はたくさんあるので、アレもコレも無定位運動症と言おうと思えば言えてしまう。おそらくそんな事情もあって定着していないのではなかろうか。
ところで「無定位運動症」という言葉とは別に「無定位運動性kinesis」という言葉もあるらしい。
こちらは生物学用語で、「刺激に反応して、生物の活動性や方向転換の回数が変化する現象」だという。例えば「ワラジムシは乾燥したところでは活動性が低く、動いても方向転換の回数が少ない。しかし乾燥したところでは活動性が高く、方向転換の回数が増える」というのが、無定位運動性だそうだ。
乾燥した危険な環境では動き回るよう遺伝的にプログラミングされており、それによって湿った快適な環境にたどり着く可能性を高めるわけだ。そして逆に湿った環境だとあまり動かないようになり、留まるようにする。
そして「無定位運動性」の対となる概念が「走性taxis」である。
これも刺激によって行動が変化するが、刺激に対して向かったり遠ざかったりという方向性が定められている。これは例えば「マスが水の流れに逆行して泳ぎ続ける」ということだそうだ。
水の流れに逆らう方向へ泳ぐようプログラミングされているお陰で、流されてしまうことがないし、口は常に川上=エサがやってくる方に向いている。
湿度とゾウリムシの間の無定位運動性には方向性がないので、乾燥した場所から離れて湿潤な場所に留まる可能性を高めるだけで、乾燥した場所から遠ざかる・湿潤な場所へ向かうわけではない。
「無定位運動性」も「走性」も、遺伝子によって生まれる前に固定化された行動で、こういった行動は「生得的行動」と呼ばれる。
生得的行動はゾウリムシやマスのように単純なものばかりではなく、渡り鳥たちの渡りのような複雑なものもある。
少し可哀想だが、ズグロムシクイという渡り鳥を渡りの時期に籠へ入れておくと、籠の中を飛び跳ねたり、止まり木の上で羽ばたいたりするらしい。その時のズグロムシクイは「渡りたい」と思うのだろうか、それとも「とにかく居ても立ってもいられない」と思うのだろうか。
ゾウリムシやフナの例を考えると後者のような気がする。